田中みずき〜一番反対する人を説得できるか〜【lampインタビュー】
魔法のランプがなくても、神様にお願いしなくても、願いは自分で叶えられる!
このコーナーでは、様々なジャンルで活躍する方たちに自身の“夢を叶える方法”についてお伺いします。
今回お話を聞くのは、現在日本に3人しかいないという銭湯ペンキ絵師の田中みずきさん。唯一の女性絵師として伝統を守りながらも、新しい銭湯の楽しみ方を提案する田中さんに、“夢”や仕事に対する思いなどを伺いました。
絵と一体化する体験
−−まずペンキ絵の世界に入られた経緯を教えてください
卒業論文のテーマを考えていた大学2年の冬に、銭湯をモチーフにした現代美術の作品を作っている福田美蘭さんや束芋さんの活動が気になって、銭湯に興味が湧いたんです。
で、それを機に初めて銭湯を訪れたんですが、湯船の中で揺れながら絵を見ていたら、湯船からあがる湯気が絵の中の雲と重なって、描かれた絵の世界に自分が入っていくような不思議な感覚がしたんですね。こんな見方があったんだって。その後もいろんな銭湯のペンキ絵を見るうちに、同じような青空、富士山が描いてあっても、描く絵師によって違いがあることがわかってきました。
−−中島さんに弟子入りをする決め手は何だったのでしょうか?
師匠の絵は色合いがすごく鮮やかなんです。リズミカルなタッチが絵のなかに残っていて、葉が光を受けて輝く様子を黄色でサササッと表していたり、身体の動きが絵のなかから見えてくるようで。見ていて気持ちが明るくなるような絵に魅了されました。
銭湯の広告システムを復活させたい
−−これまでペンキ絵を描かれたなかで、思い入れのある銭湯はありますか?
毎回思い入れはあるんですが……弟子の時から絵を描かせていただいている神田の稲荷湯さんですかね。弟子入り時代から銭湯好きの仲間と「銭湯振興舎」(http://sentoushinkousya.web.fc2.com)というグループを作っていて、稲荷湯で銭湯の広告システムを復活させようということになったんです。昔は銭湯のペンキ絵の下に周辺のお店の広告パネルが貼ってあって、その広告費でペンキを描きかえられるサービスがあったんですね。当時はペンキ絵師自体が広告会社に属していたんです。でもだんだん銭湯が減るうちに、そのシステム自体もなくなってしまって。今その広告システムが復活したら、インターネット広告に慣れている現代の人たちに新鮮に映るんじゃないかなと思ったんです。
それでペンキ絵の発祥地とも言われる千代田区神田で稲荷湯さんが協力してくださることになって。当時稲荷湯さんは壁が全部タイルで覆われていたのでペンキ絵がなかったのですが、震災を機に改築し、広告と一緒にペンキ絵を描かせていただきました。稲荷湯さんは若い方もよく使う銭湯なので、帰りに寄り道ができるような飲食店などが広告を出しくださったんです。
同じモチーフを書き続けることの面白さ
−−銭湯のペンキ絵は伝統が重んじられるものだと思うのですが、ご自身の活動スタイルに影響を与えているものはありますか?
学生時代に勉強した狩野派の視点です。狩野派とは、室町時代から江戸時代にかけて、幕府などから依頼を受けて絵を制作していた人たちなんですが、粉本(ふんぽん)というお手本の図像集を写して勉強するということを続けていたんです。でも同じモチーフを写して描いていても、画家ごとの個性が出ていて。女子高生が制服をどう着崩すかに近いですね。同じものを着ていても個性が出てくる。ペンキ絵を描いていると、「いつも同じものを描いていて飽きないの?」と言われたりもするんですが、自分なりに組み合わせを工夫したり、どうすると奇抜に見えるのかを考えるのが面白いんです。
−−ご自身の活動におけるターニングポイントはどこですか?
弟子入り時代に、とある銭湯好きの方からブログを通じて受けた、「自分の生まれ故郷である北海道の旭岳を都内の銭湯に描いてほしい」という依頼ですね。費用は銭湯ではなくご依頼主の方が支払うケースで、無事描かせていただける銭湯も見つかったんですが、なんと銭湯のご主人は「銭湯のペンキ絵っぽいペンキ絵はいやだ」と(笑)。でもご主人にお話を伺ったら、ご主人の好きな風神、雷神の絵を組み合わせるなら描いてもいいと提案してくださったので、こちらでイメージ図を何パターンか用意して、銭湯のご主人と、依頼主のお二人の好みに合うものを探っていきました。その経験が今でも図案の提案時に役立っていますね。
−−普段の活動のなかでご自身が悩みがちなことはありますか? また、それをどうやって乗り越えていますか?
自分が描く絵が客観的に見て、満足してもらえる絵になっているのかと悩むので、そんな時は制作現場に一緒に来てくれる夫を頼りにします。夫は絵に詳しいわけではないんですが、相談をすると自分では気づかなかったことを別視点から教えてくれるし、独りよがりで納得しているところを指摘してくれるんですよね。なので、全く違う分野にいて気を遣わないで意見をくれる人になるべく話を聞いて、意見を取り入れるようにしています。
−−ランプをこすって登場した魔人に、自分の弱点を何か一つだけ克服させてもらえるならどんなところをお願いしますか?
病弱を克服したいです(笑)。ペンキ絵は1日作業なので体力がいるし、仕事のときは気合いでなんとか乗り越えるんですが、翌日にきますね。体力はあるに越したことないです(笑)
『無駄人生』
−−今日までの人生について、ご自身で自伝を書くとしたらどんなタイトルにしますか?
『無駄人生』ですかね(笑)。私が今やっている仕事って、なくても困らないものなんです。それこそ企業さんが作っているものは、それがないと経済がまわっていかない可能性がありますが、銭湯のペンキ絵って、それがないと1年後に死んじゃうものではないですよね。だけど疲れた会社帰りの夜に、あほみたいに明るく広がる青空や、大きな富士山がどっしり遠くから見守ってくれているのを見ると、気分ががらっと変わるんです。世間的には無駄って思われるかもしれないけど、それがあるから生きていけるような。私もそういう無駄と呼ばれるものに助けられて生きてきたんです。
−−何かに挑戦したいけれど、なかなか行動に移せない。そんなみなさんが一歩踏み出すためのメッセージをお願いします。
何か挑戦したいと思ったら誰かに話をして、一番反対する人を説得できれば、うまくいくと思います。論破するように行動すること。反対してくれる人って冷静に分析しながらも、実は根本は同じことを考えていることも多いので、それに一つひとつ答えてみると、自分がクリアするべき問題も見えてきます。もしペンキ絵に興味を持って、絵師になりたいと思っている方がいたら、まずは都内のペンキ絵のある銭湯をいろいろまわって見て、絵師の方に直接お話を聞くといいと思います。
それから気になる相手とのデートに挑戦したい女性は、ぜひ銭湯に誘ってみてください。男湯と女湯で異なるペンキ絵について話もできるし、銭湯の周辺にはいい飲み屋さんがあるのでおすすめです。番台の女将さんも「旦那さんもう先出てるよ」って言ってくれますよ(笑)
−−では最後に、今後の展望をお聞かせください。
数年以内に、銭湯で子どもたちとペンキ絵を描くイベントをしたいですね。自分の描いた絵が銭湯にあったら、近所の子どもたちもちょっと行きたくなるじゃないですか。で、それをきっかけに家族と一緒に銭湯に来てもらって、銭湯に馴染みを持ってもらえたら嬉しいですね。将来的には、自分の経験値を上げて100年後の世界にもペンキ絵を残していきたいです。
あと……身近な目標で言うと、かつて銭湯に行った男女がやっていたという伝説の「壁越しの石けん投げ」、あれをめちゃくちゃやってみたいです(笑)。
【info】
田中みずき
1983年大阪生まれ。幼少期からは東京で育つ。明治学院大学にて美術史を専攻していた際、卒業論文で銭湯のペンキ絵を調べたことをきっかけに中島盛夫絵師に弟子入。修行9年目の昨年2013年から一人で制作を始める。
公式ブログ:http://mizu111.blog40.fc2.com
[ライター・カメラ/アベユーカ]
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